電子錠─解答編─
昨日語らったあの部屋で、私たちはあの人物を待ち続けました。
やがて呼び鈴を鳴らす音が聴こえました。細君が戸口へ行きました。
そして、細君と警官──私が彼に頼んで呼びに行ってもらったのです──につれられて、斉藤君が部屋に入ってきました。
南田氏の勧めに従って、斉藤君はソファに腰をおろしました。彼は何事かと不安そうな表情です。
「さて、斉藤君」私は重々しく切り出しました。
「昨日の見たものを覚えているかい? あの素晴らしい宝石だよ」
「ああ良く覚えてる」
「あれが盗まれた」
すると彼は「えっ!」っと頓狂な声を出し、大きく目を見開きました。
「しかもだね斉藤君。この家の窓は昨夜細君が確認し、今朝も二人で確認してみたそうだが鍵がしっかりとかかっていたそうだ。割られてもいない。扉にもこじ開けられた形跡もない。さらにこれは電子錠と云う代物でね、鍵の掛け忘れはありえないのだよ。
君は探偵小説を読むかい? これはいわゆる“密室”だよ斉藤君。不思議じゃないか、一体全体犯人はどうやって侵入したのだろうね?」
そこまで云うと、私は斉藤君の表情を見ると、彼はさも不思議そうな顔をしております。
「斉藤君、君の考えを訊きたいんだがね?」
そう私が云いますと、斉藤君はしばらくの後答えました。
「すると……二人には失礼だが、南田氏か細君の狂言と云う事になるんじゃないか」
云いながら彼は二人の姿を眺めました。
「ほう、すると動機はなんだろう?」
「保険金だよ。きっと高い金を受け取る手はずなのさ」
「ありえないよ。あの宝石には保険金は掛けられちゃいない。昨日の会話を忘れたのかい?」
斉藤君は「ううん」と唸ると、また別の可能性を提示しました。
「ならば気を引きたかったのだよ」
「気を?」
「そうだ。細君は南田氏の気を宝石から自分にそらすたかったのだ。だから宝石を隠した。どうだい? 辻褄が合うだろう?」
「合わないよ。氏は“この宝石は妻の次に大事な物”だと云っていたじゃないか。彼は細君を実に大事にしているのだよ。
そもそもね、これは先程お巡りさんにも話したんだが、狂言ならば窓の鍵を開けておくはずだよ。密室になんてするはずがないんだ。狂言はまずありえないよ」
私はゆっくりと斉藤君と目を合わせました。
「するとおかしいじゃないか。一体全体誰が……」
「君だよ。盗めたのは君しかいない」
斉藤君は一寸の間口をポカンと開けていましたが、やがて笑い出しました。
「こいつは傑作だ! 君、どうして僕になるんだ? 全くおかしな冗談はよしてくれ」
「冗談じゃないさ。状況から考えて、君でしかありえないんだ」
すると斉藤君からすうっと笑みが消え、
「いい加減にしたらどうだ。僕がどうやって盗みを働いたと云うんだ」
「雪だよ。君は雪を使ったんだ」
「雪だって?」斉藤君は呆れたように声を出しました。
「そうだ。扉の枠には鍵を受け止める金具があるだろう? 君は其処に雪を積めて鍵が掛からないようにしたのだよ」
「あんなサラサラな粉雪で、そんな事できるわけが……」
「塩を使えば簡単だよ。塩をつけると雪は凝固して非常に硬くなるんだ。夜が明けたから気温が上がってもう雪は溶けてしまっていたんだが、舐めてみるとね、辛かったんだよ」
斉藤君から、血の気が引いていくのが見てとれました。
「そんな……だったら、だったら君だって……」
「僕にもできた筈だと云いたいのだろう? 僕には無理なんだよ。何故なら僕が帰る時にはこの親切な御両人にが戸口のところまで見送ってくれたからね。ところで……君の時はどうだったかな……?」
「違う、僕じゃあ……」
「斉藤君、犯人は君でしかありえないのだよ」
思わず逃げ出そうとした斉藤君を、警官はたちまち取り押さえ、署に連絡して斉藤君を事情を訊く為に連れて行ってしまいました。
南田氏が是非とも礼をしたいと云うのも私は辞退して、その日の内に宿を出ました。
二時間ばかり車を走らせると、少々疲れてしまって、車を脇道に止めて一息つく事にしました。
クックックックック……
私は笑いをこらえ切れなくなりました。斉藤君が帰ったあの時に思いついたこの計画が、あまりにも上手くいったからです。
あの警官はともかく、他の三人なら少し考えれば分かる事なのです。斉藤君はあの別荘を訪ねて初めて宝石の存在を知ったのですから、塩を持ってきていた筈が無いのです。
そして斉藤君はあの部屋に入って真っ直ぐソファに座り帰る時まで一度も立つ事は無く、真っ直ぐ部屋を退出したのです。つまり彼には塩を手に入れるチャンスは無かったのです。
さて、あの夫婦の狂言でも無く斉藤君の仕業でもない、つまり犯人は……
「クックックッ……それにしても電子錠とは! 我ながら面白い事を考えたものだ。そんな魔法みたいな物があるはず無いのに! クックック……」
電子錠、つまりオートロックの開発が始まったのは1960年代の事ですから、当時はまだそんな物は存在しなかったのです。
「哀れな斉藤君は今頃何をしているのだろう……」そんな事を考えながら、泥棒の私は戦利品を眺めました。
了
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